シンプラストの観点から捉え直す
植物の成長制御機構
植物の個々の細胞は完全には独立しておらず、隣接する細胞の細胞壁を貫いて原形質同士を連絡する「原形質連絡」によってつながっています。さらに、原形質連絡や篩管を介して全身で連続的に共有された原形質空間は「シンプラスト(Symplast)」と呼ばれています。従来シンプラスト経路は、主として糖やアミノ酸などの栄養を転流させるために使われていると考えられてきました。しかし、近年の研究により、シンプラストは従来考えられてきたよりもはるかにダイナミックな情報伝達の場であり、種々のシグナル分子を細胞・組織間で共有することにより、植物の発生や環境応答が制御されていることが明らかになりつつあります。本領域では、細胞間および組織間の情報伝達をシンプラストの観点から捉え直すことで、環境変動下における植物の成長制御と環境適応機構の理解に飛躍的発展をもたらすことを目指します。

シンプラスト形成原理を理解する
シンプラスト経路を介した情報伝達の重要性が明らかになる一方で、原形質連絡の形成機構や物質輸送の制御の解明は進んでいません。また、様々な要因によって数の増減や形状の変化が起こることも知られていますが、その機構もよく分かっていません。原形質連絡を喪失した変異体が致死となることや、原形質連絡を同調的に誘導することが難しいことなどもシンプラストの形成機構を研究する際の障壁となってきました。このような背景の中、領域代表者は、接木の境界面において原形質連絡が同調的に新生することを見出しました。さらに、異科の遠縁な植物であっても組み合わせによっては接木が可能であることを発見し、シンプラストの形成原理は種を超えて共通であることを示しています。本領域では、接木の境界面に新生する原形質連絡や、寄生植物の侵入器官中に新規形成される原形質連絡、葉面の毛状突起(トライコーム)に特徴的な原形質連絡,特定の変異体で形状が複雑化した原形質連絡などのユニークな材料に着目して、原形質連絡の形成機構の詳細に迫ります。

シンプラスト移行分子を同定する
シンプラスト経路を移行するmRNAや非分泌型ペプチドによる長距離シグナリングは、植物成長や環境応答の様々な場面で重要な役割を果たすことが近年明らかとなりつつあります。領域代表者は、長距離移行するmRNAを複数の植物種で網羅的に同定することで、種を超えて保存されたシンプラスト移行性mRNA群を発見しており、これらを突破口にして、移行性mRNAの個々の機能や輸送機構を明らかにします。また、シンプラスト移行性の非分泌型ペプチドは、これまでほとんど注目されてこなかった未開拓の分子です。本領域では、これまで見出されてきたシンプラスト移行性ペプチド群の作用機序や発現制御機構の解明に加えて、新規分子の拡充を進めます。さらに、シグナル分子が機能発揮するまでの輸送経路の解明研究にも取り組みます。

シンプラスト機能制御機構に迫る
シンプラスト経路を移行するmRNAや非分泌型ペプチドによる長距離シグナリングは、植物の発生成長や環境応答の様々な場面で重要な役割を果たすことが明らかとなりつつあります。また、シンプラスト経路は糖やアミノ酸などの転流や、特定の細胞間カルシウムシグナル伝達にも関わります。しかし、原形質連絡の機能制御機構や、シンプラスト移行分子がどのように植物の発生成長や環境応答を制御し、情報を統御して個体としての成長を支えているのかについては未解明の点が多く残されています。本領域では、シンプラストを介した分子輸送やその調節に焦点をあてた研究の推進により、シンプラストが駆動する発生成長と環境応答機構を明らかにしていきます。

植物の生存戦略を理解するための新たな学理の創出へ
以上のように、本領域では細胞外領域を介した従来型の細胞間コミュニケーションに加えて、シンプラストを介して細胞同士が連携するという植物独自の多細胞統御機構の重要性を新たに捉え直します。そして、シンプラストを介した個体統御と環境応答の生理学的意義を統合的に解明することで、植物の生存戦略を理解するための新たな学理の創出を目指します。本領域で得られた成果が、植物科学の発展だけでなく、生命の多様な細胞間情報統御システムの理解にも繋がることを期待しています。
